あがり症と完全台本とわたくし。

ここだけのハナシですが、わたくし、本当にあがり症です。
おおぜいの人を前にして話そうとしたら、「かーっ」となってなにがなんだかわからなくなります(語彙が貧困)。

今日は、わたしのあがり症対策を書いてみます。
もし、同じように悩んでいる人がいたらご参考にしていただけるかもしれません。

以前、わたくしが極度のあがり症であることを知り合いに話したら「いやいや、そんなことはないでしょう。灘尾ホールでもしゃべっているんだから」と言われました。灘尾ホールというのは、「社会福祉業界の武道館」と呼ばれたり呼ばれなかったりするホールです。社会福祉業界には全国社会福祉協議会という業界の総本山みたいな団体があって、ここが虎ノ門駅徒歩3分の新霞が関ビル(なんと自社ビルです)に「灘尾ホール」っていうのを持っています。確かにわたくし、そのホールでお話させていただいたことがあります。知り合いが言ったのは、そこで大勢の人前でしゃべった経験があるんだから、あがることなんてないでしょうという意味です。
いや、あがりますって。あがり症なんだから。もうあげあげ。
それでもあがろうがさがろうが、内容によっては2時間ぐらいしゃべらないといけないので準備をします。具体的には完全台本の作成とこれの通し稽古です。
台本はしゃべることをそのまま書いたものを作ります。台本には前振りから全部書きます。
そして、最初から最後まで何度も通し稽古をします。
いざ本番では、稽古した通りにこれを読むだけです。

たとえば、

例1 え~、ただいまご紹介いただきました。マエジマです。あ、後ろの方、聞こえてますか、聞こえてますか(客席後ろに視線をやりながら、左手を挙げ挙手を求めるそぶり)。はい、大丈夫そうですね。ありがとうございます。え~、それでは、ただいまから「講義」ということで、私からお話をさせていだだきます。私のレジュメは資料集の35ページからです。はい、それではよろしくお願いします。今回のテーマは次の3つです。ひとつめは…

あるいは、

例2 え~、みなさまお戻りでしょうか(会場を見回す)。(ひと息ついて)午後イチ番の講義ということで、これはもう厳しい時間ですよね。これまでの経験では、だいたい3割の方が意識を無くされます。でもみなさん、実はいまからするお話が、今回の研修で一番、ポイント、要(かなめ)、重要です。どうかお気を確かに、しっかりと持っていただいて…

こんな具合です。これらは実際に使った台本から書き写しました。
例1で、その時のテーマを話す前に、講義に関係ありそうなエピソードを盛り込む場合もあります。
灘尾ホールに限らず(ていうか、このホールで話す機会はそんなにありません。人前で話す時は、ってことです)、毎回こんな感じで台本を作り、通し稽古をして臨んでいます。

ということなので、わたくしの場合、講義の出来はほぼ台本の完成度(でき)に依存します。
そこで重要なのはいかによい台本(使える台本)を作るかです。

台本を作る時、気をつけているのは次のことです。

(1)書き言葉ではなく、そこにいる友人・知人に話しかけるような文体で書きます。
(2)言葉のヒゲ(え~、あ~など)をあえて書きます。これでリズムをとります。
(3)間を取る時は、動作をト書きで書き入れます。これもリズムをとるためです。
(4)逆にいえば、しゃべる時は台本に無いヒゲや間は入れないよう徹底します。
(5)最初にテーマを話します。テーマは3つまでにします。
(6)長い講義の場合は、15分から20分ぐらいを目途に話題を変えます。テーマもそのたびに3つ出します。
(7)特に重要なところは、カギカッコ付きのように強調します。繰り返すこともあります。
(8)関心を持ってもらいたい箇所は、質問→答え(どうすればよいでしょうか。それは…のごとく)にします。
(9)最後に「まとめ」としてポイントを挙げます。これは思い切って絞り込みます。
(10)この台本を、テンション2倍で読み上げます。

こう書いてみると簡単で誰にでもできそうです。いや、実際にたいしたことないんです。

問題は分量です。
日本語で聞きやすい速さは1分間300文字前後と言われています。たとえば、NHKのアナウンサーがニュースを読んでいる時がこの速さです。
わたくしのような素人が人前でしゃべる場合は、緊張していてこれよりも早くなりがちです。でも、訓練されていない人が1.5倍速でしゃべると言葉が不明瞭になって聞き取りづらいと思います。無理なく聞いていただこうとすれば、速さはせいぜいNHKの1割か2割増しぐらいまではないでしょうか。
仮に2割増しでお話するとすれば、毎分360文字。1時間だと21,600文字です。2時間では43,200文字になります。
新書一冊は8万字~10万字、文庫本は10万字~12万字と言われていますので、2時間分の台本は新書半分ぐらいにあたります。
改めて計算するとけっこうな分量ですね。
ですが、わたくしはこれが無いとしゃべれません。だから毎回用意しています。
この用意が大変なんです。台本を作るのは講義時間の何倍もかかります。
しかも通し稽古をします。通し稽古も、本番と同じかそれ以上に時間がかかります。
そうして台本をだいたい覚えておいて当日を迎えます。
当日は演台の上に台本を置いて、お守りがわりにします。
実際には、ほとんど見ることはありません。

わたくしは、これまであがり症を克服しようと、いろんなことをしてきました。
手のひらに「人」と書いて飲み込みました(人を飲むというダジャレです)。
聴衆をカボチャだと思え、という助言をそのまま実行しました。
その他、深呼吸しろだとか、瞑想しろとか、成功した場面を思い浮かべろとか、どれもぜんぜんダメでした。
手のひらに「人」と書いてステージに上がりました。しかし、演壇に着いたとたん頭の中が真っ白になって、書いたこと自体を忘れてしまいました。気づいたのは講義を終えてステージから降りた後でした。
聴衆をカボチャに見たてようと思いましたが、カボチャがみんなこちらを向いて口々にいろんなことを言っているように感じて、却って緊張が高まりました。
また、深呼吸は過呼吸に、瞑想は絶句に、成功した場面は悪いイメージの想起にしかつながらず、効果があるどころか反作用ばかり現れました。

唯一効果を感じたのが完全台本を作って臨むことでした。
それで、これを続けている(続けざるを得ない)わけです。

個人的には「出来る限りの準備に勝るあがり対策なし」だと思っています。
大事な舞台を前に心配が膨らんでいるみなさん、わたくしもいっしょです。
台本を作るこの方法は、手間はかかりますがとにかく安心です。なにしろ、もしステージの上で頭の中が真っ白になっても、そこに書いてある文字を読むだけでなんとかなるからです。

この対策が、なにかの参考になれば幸いです。がんばりましょう。

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